上顎の上下(垂直)方向の成長が異常に大きい場合を、垂直的上顎過大vertical maxillary excess (VME) と定義します。患者様の具体的な訴え(顔面の特徴)としては以下の三つが代表的です。
1)ガミースマイル :スマイル時に歯および歯肉が過剰露出
2)上顎前歯および歯肉が過剰露出(口唇安静時)
3)中顔面が長い :顎先ではなく、顔の中心部(目の下から頬が縦方向に長い、鼻の下などが長い、などと表現)
中顔面の長さの短縮は、LeFortⅠ型骨切り術が適応されます。単にルフォーと表現されることもあります。ガミースマイルの改善では、LeFortⅠ型骨切り(あるいは上顎前歯部歯槽骨切り術)が適応されます。
歯槽突起部に垂直的過成長を認めないときは、Le Fort I型骨切り術で歯列部を頭蓋側から切離し、切離面上方の骨を必要な短縮距離だけ削除し、歯列を上方に移動し、プレートで固定します。歯列弓の幅径の調節を必要とするときは、歯列弓をいくつかに分割することで調節します。基本的には術後矯正が必要となりますが、骨移動量、移動方向によっては、術後の歯科矯正を必要としない可能性もあります。
上顎前歯部の垂直的過大によりガミースマイルを生じている場合は、上顎前歯部の歯槽部骨切り術(分節骨切り術)により前歯部歯肉を上方へ移動することでガミースマイルの改善が得られます。犬歯、第二小臼歯の術前の垂直的な位置関係によっては、前歯部を上方移動することにより隙間とともに段差を生じることがあります。その場合には補綴(セラミッククラウン)などの歯科的治療がに必要になります。尚本術式は、臼歯部の咬合が変化しないために、中顔面の垂直高(長さ)は変化しませんが、術後の歯科矯正が必要ないことが多いのが特徴です。
Le Fort I型骨切り術は1927年にWassmundによってはじめて報告され、その後ObwegeserやBellらにより改良され、現在のように顎矯正手術として確立されました。
Le Fort I型骨切り術は上顎後退症、上顎前突症、中顔面の陥凹を伴う骨の左右非対称症例、水平的に咬合平面の傾斜を伴う症例、上顎骨の左右非対称症例、垂直的に過成長のみられる症例(Gummy Smile)、開咬症などに幅広く適応されます。 Le Fort I型骨切り術が単独で適応される症例は決して多くはなく、通常は下顎枝矢状分割術や下顎枝垂直骨切り術などを同時併用する上下顎同時移動術(two jaw surgery)として行われることが多いのです。
Le Fort I型骨切り術を行ううえで
1) 神経系:眼窩神経、後上歯槽枝、鼻口蓋神経、大口蓋神経
2) 血管:下行口蓋動静脈、翼突筋静脈叢
3) 筋肉:口角挙筋、上唇部の筋
4) その他:頬脂肪体、耳下腺管開口部、耳下腺管
などの解剖学的位置関係を熟知しておく必要があります。
上顎骨は顔面頭蓋の中央を占める有対性の骨であり、左右が中央で結合して眼窩、鼻腔、骨口蓋、などの骨格に関与します。上顎骨はその主体をなす体とこれから突出する4種類の突起で構成されます。
1.上顎骨体は内部ががらんどうの三角柱をしており、4つの面が区別できます。
1) 前面は顔の一部をなす面で、内側縁には鼻切痕が大きく切れ込んでいる。この面の上端近くには眼窩下孔があります。
2) 上面は眼窩の下壁をなす三角形の平滑面で、前面とは眼窩下縁で境されます。
3) 外側面は側頭下窩の前内側壁を作り、その中央には歯槽孔という針で刺したような孔が2~3個開いています。
4) 内側面は、鼻腔の外側壁を作る面で、分解骨ではその中央にハート型の大きな口が開いており、これが上顎洞裂孔で上顎洞の開口です。その前方を上下に走る浅い溝は鼻涙管の外側壁を作ります。また上顎洞裂孔の後方をほぼ上下に走る溝は大口蓋管の壁の外側半を作ります。上顎洞の骨壁は驚くほど薄く、上顎洞の底は上顎の大臼歯、小臼歯の歯根部の近くまで達し、歯根が洞内に突き抜けていることもまれではありません。
2.前頭突起は、上顎骨体から上方に突出する細い突起で、鼻骨と涙骨の間に挟まれて前頭骨に達します。この突起の後外側面を上下に走る溝は涙嚢窩の前半部を作ります。
3.頬骨突起は、上顎骨体から外側方に向かう太く短い突出で、三角形の粗面で頬骨と連結します。
4.歯槽突起は上顎骨体から下方に突出する彎曲した堤防状の骨塊で、対側の上顎骨歯槽突起とともに上歯槽弓を作ります。
5.口蓋突起は上顎骨体から内側方に水平に突出する棚状の骨板で、対側の口蓋突起とともに骨口蓋の前2/3を形成します。
術前にパノラマX線、頭部X線規格写真撮影を行いますが、さらにCT撮影が必須と考えます。CT(3D-CT)では3次元的に手術する部位の関係を把握できます。当院ではさらにCTデータから3次元実体模型を作製し、より精密な手術、安全な手術を心掛けています。具体的にはCT+3次元実体模型からの情報では、上顎洞の大きさ、上顎洞底の位置、上顎洞粘膜の肥厚の有無、鼻中隔の弯曲の有無、鼻道の大きさ、鼻腔側壁の骨の厚み、上顎洞中隔の有無、下行口蓋動脈周辺の骨の厚み、上顎結節部、翼突上顎縫合部の骨の状態、梨状口縁から下行口蓋管までの距離、などの有用な情報が得られます。安全で確実な手術を行うためには必須な情報であります。
術前準備としてセファロ分析、模型分析、ペーパーサージェリー、モデルサージェリー、画像検査、血液、心電図検査を行います。そしてフェイスボートランスファーした歯列模型より、モデルサージェリーを行い、上顎の術中位置決め用のサージカルスプリントを作成します。そのほか、鼻腔粘膜の状態、鼻腔の大きさ、鼻中隔の弯曲の有無などを確認します。
手術は全身麻酔下で行われ、手術時間は2時間程度です。手術後は一泊入院を基本とします。当院で行われるLeFortⅠ型骨切り術の特徴は安全性、確実性の向上ですが、その理由はCT+3次元実体模型の導入、内視鏡下骨切り術の2つの先進的な技術が取り入れられているからです。
麻酔挿管チューブは、外鼻形態に影響しないように頭部正中に固定します。
手術に先立ち両側の上顎結節部および骨膜剥離部、大口蓋孔部および硬口蓋後縁軟組織部にエピネフリン加1%リドカインを用いて浸潤麻酔を行います。
粘膜切開の方法は、1)口腔前庭部切開法と2)歯肉縁切開法とがあります。
1) 口腔前庭部切開法 口腔前庭部の粘膜切開は歯肉頬移行部より数mm上方に設定します。大臼歯部では頬筋を切離すると頬脂肪体の脱出が起こるため、粘膜切開は第1大臼歯近心までに止めます。
2) 歯肉縁切開法 歯肉溝に沿う切開を行い、犬歯部で縦切開を加え、第1大臼歯近心部まで歯肉頬移行部に切開を行います。歯間乳頭部の切離は、歯間乳頭部が挫滅創しないように歯周靭帯まで鋭的に切離します。
◯歯肉縁切開の利点:前歯部の歯肉唇移行部に手術の瘢痕が残らず、そのため術後の違和感が少なく、歯肉の感覚の消失がないこと・鼻・口唇の筋肉を切離しないため、鼻翼の変形が少ないこと(これは非常なメリットです)が挙げられます。
◯歯肉縁切開の欠点:術後に辺縁歯肉の瘢痕拘縮による歯肉退縮が生じる可能性があり、成人で歯周病が著しい症例や歯冠修復がなされている症例には特に注意が必要です。
粘膜の剥離は歯頸部から始めますが、歯頸部から根尖側に剥離を行うのではなく、辺縁歯肉の剥離を行った後、犬歯部の縦切開部より近心側に向かって剥離操作を行います。この部分での骨膜の損傷、挫滅は術後の内出血の原因になるため、丁寧に剥離操作を行います。上顎洞前壁の剥離はプレート固定部は骨切り予定線よりやや広範に剥離します。鼻腔底部の剥離は、鼻中隔の切離の際に鼻腔粘膜を損傷しないように広範に行いますが、口蓋骨の後縁(PNS)では骨の抵抗感がなくなった感触で分かります。剥離を遠心に進めて上顎骨頬骨突起の基部を確認したら、先端が弯曲しているフリューエル剥離子を用いて上顎結節部の剥離を行い翼突上顎縫合部を確認します。骨膜下でトンネル状の操作となるため盲目的になるため、内視鏡を挿入して翼突上顎縫合部を確認します。またその際3次元実体模型は患者様ごとの骨格的形態が把握できるため重宝します。この部位では特に骨膜下の操作を意識して骨膜を損傷しないようにします。骨膜損傷は上方では翼突筋静脈叢損傷による出血、下方では頬脂肪体の脱出による手術操作の妨げとなるからです。翼突上顎縫合部が確認できればその部分に上曲りのリトラクターを挿入し、創部を展開します。
歯根尖より5mm離れた骨上に骨切りの予定線をデザインします。はじめに直視下に梨状口縁から、鼻腔側壁、上顎洞前壁、上顎結節部、翼突上顎縫合部までレシプロケーティングソーを使用して骨切りを行います。次に翼突上顎縫合部を上曲りのリトラクターで保護し、鼻腔側壁部では鼻腔粘膜の保護のために脳ベラ(マレアブルリトラクター)を挿入し、後方の骨切りを行います。鼻腔側壁の後方は、3次元実体モデルより梨状口縁から下行口蓋管までの距離を計測しておき、下行口蓋動脈を損傷しないように薄刃のノミで鼻腔側壁を切離します。実体模型より下行口蓋動脈までの距離を測定し、ノミにテープで印をつけておくことにより、安全な骨切りが行えます。翼突上顎縫合部での骨切りは、操作が盲目的となるため、内視鏡を挿入して確実な骨切りを心掛けます。一般的にはブラインドで手術を行わざるを得ない部位ですが、当院では内視鏡、3次元実体模型で安全、確実な方法での骨切りが行えることになります。最後に後鼻孔部に口腔側より指で確認しながら、鼻中隔マイセルにて鼻中隔を切離しますが、手掌による槌打で切離が可能です。
骨切りが終了すれば、翼突上顎縫合部の分離を行います。梨状口縁部にボーンセパレーター(Tessier 改良型bone spreading forceps)を挿入、ゆっくりと段階的に骨切り部を開大させます。さらに頬骨下稜部に移動させて、上顎結節部を下方に押し下げるようにセパレーターを左右同じ力でダウンフラクチャーをさせます。骨の抵抗感を手で感じながらセパレーターを開大していきますが、抵抗が強い場合には再度骨切り状態を確認すべきです。ダウンフラクチャー後、硬口蓋後縁に付着している軟部組織を剥離し、骨片の完全な遊離可動化を確認します。
下顎を開閉口させながら、骨の干渉部を確認しトリミングを行います。下行口蓋動脈周辺では回転切削器具は使用できないため、超音波切削器具(ピエゾサージェリー)を用いて、少しずつ削骨します。ピエゾサージェリーを使用することにより軟部組織の損傷を防止でき、出血量も大幅に軽減できます。上顎骨骨片が術前に想定した移動方向に抵抗なく動くことを確認したのち、上顎骨の位置を決定します。術前のモデルサージェリーより作製したレジン製スプリントを装着し、顎間固定を行います。つまり下顎の位置を基準に上顎骨を移動させることになります。
骨片の固定は梨状口縁部、頬骨下稜部に上顎用のチタンミニプレートにて左右4ヶ所で固定します。
口腔前庭切開の場合は鼻筋、口唇の筋肉が切離されるため、鼻翼の広がりを防止するために左右の鼻筋および上唇鼻翼挙筋に4-0バイクリル糸をかけて、Alar base cinch sutureを行います。前方移動量が大きい症例では前鼻棘に骨孔を穿ち、骨孔と鼻中隔軟骨を軽く縫合し、鼻尖部の上向きを防止します。前歯部で歯肉縁に沿う切開を行った場合には筋の切離がないため、鼻翼の広がりは少ないのですが、鼻翼幅開大を最小限に予防するために、鼻翼の基部を4-0バイクリル糸で軽く寄せるように縫合します。臼歯部はバイクリル糸で骨膜を縫合し、次に粘膜縫合を行います。ペンローズドレーンは左右に一本ずつ挿入します。前歯部の歯頸部の縫合は歯頸部の露出が生じないように丁寧に粘膜弁を復位させ縫合します。
術後腫脹の対策にはステロイドを手術当日、翌日の2日間投与します。また、鼻腔粘膜の浮腫対応として点鼻薬の使用します。 術後の嘔気、嘔吐対策として、制吐剤やH2ブロッカーを使用します。血液の嚥下は嘔気、嘔吐の誘因となるため術後の出血の管理と吸引は重要です。さらに感染予防として抗菌薬の静脈内投与を2日間行います。その後は1週間抗生剤を内服していただきます。
術前
術後6ヶ月
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術後6ヶ月
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術後6ヶ月
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術後6ヶ月
面長(特に中顔面)、上下額の前突、顔面の左右非対称、ガミースマイルなどが改善され、大きな小顔効果が得られました。